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第6回 「省略」後編

「省略」がサヨナラホームランだということは前に言った。
なぜサヨナラホームランなのか。

人は言いたいことを言うことでコミュニケーションする。
でも、言い表せないことや、言えないこともある。
それは伝わる。
結果的に君は僕とコミュニケーションしているじゃないか。
たとえ空白の科白であってもね。

困ったことに人は時間のようには進まない。
ほとんど保留しているかのように、振り返り、頭を使ったりする。
すると「結果的に」なんて起こりえない考えが浮かぶこともしばしば。

君の沈黙ほど美しいものは無い。
ほとんど勝手にそう思う刹那。
その刹那が、刹那刹那刹那していることを僕は表明することができない。
ほとんど全て「省略」し、ている。
この「間」。

リアルタイムでショック死寸前の生き方をしないかぎり、
どこからも「間」は忍び寄る。

君と僕を省略して、
僕と君は間に落ちる。

世界や平和と遠ざかり、
間で僕たちは語り合う。

「省略」とは結果的に実在した空白を偲ぶ行為である。

17音のなかでは、それは5・7・5の「・」「・」「・」
または、「や・かな・けり」
「間」
詩ではほとんど「改行」に。
「僕たち」と「時間」は省略されて放り込まれる。

そんなことを当たり前のように「切れ」とか「切れ字」だとか言っている俳句と いう文化的表現は、ほとんど人類にサヨナラホームランしているんじゃないだろ うか。
                  「省略」完